Xジェンダーとして考えるアレコレ

Xジェンダーの大学生が紡ぐブログ

自分の性自認と性的指向とそれからジェンダー

性について語らんとするのに、自らの立場を明確にしないと語るに語れないのでお恥ずかしながら性的な(語弊がある)自己紹介をば。

最初の自己紹介でも少し触れましたが、一から書きます。

なんだか長くなってしまったので、大きいかったり太い箇所と下線が引いてある箇所だけ読めばなんとなくあらましはわかるようにしてみました。

 

まずは性自認ですが、今のところXジェンダーです。しかし、ジェンダーというものがなんなのかわかっていないという点において、自分を断定することができません。

ジェンダーが社会的性を表す限り、その中身は流動的です。社会は常に変わっているので、性別”らしさ”という概念が消え去った社会においては存在しない。だから、ヒトがヒトとして扱われる社会、すなわちあらゆるジェンダーがただの人格の一つとされる社会が実現したとき、自分のジェンダーをXと言える自信がありません。今の社会でさえ、女性(セックス)の社会進出は進み、彼ら(あえて彼女らとは書きません)がもつ多様な人格を認めだしているのですから。女性が叫べ、男性が涙を流せる日が来れば一番いいんじゃないかなって思います。

しかし、今の社会で自分は自らのセックスと一致するよう女性らしさを求められたとき、或いは同様に男性らしさを求められたときには断固拒否するという点で、自分はXジェンダーです。自分は好きな時に好きなように振る舞います。スカートも履くし、足を開いて座るし、口調も一人称も一様には決められない。なぜこうなのかと考えることはあっても、変えようとは思っていません。

そんな曖昧なジェンダーですが、一概に人格の一つと言い切れない部分もあることを認識しているのでジェンダーが何なのかわからないのです。

 

それが性的指向の話になります。

自分の性的指向は今のところパンセクシャルです。理由は上記と変わらず、ジェンダーが何かわかっていない為に全てのヒトに対しそのジェンダーの違いが性的魅力に関わることはないということと、身体的性にも同様にこだわらないためです。つまり、セックスとジェンダー以外の点(顔や性格等)で性的魅力を感じます。

補足すると、性欲が存在するという点でアセクシャルではありません。実は、恋愛感情もよくわかっていませんが、これも性欲が存在するためノンセクシャルではありません。

というか、性欲と恋愛もまた全く違うものであるため混同すべきでないと思います。自分は恋愛はよくわかっていませんが、家族を愛していますし、気の置けない友人もいます。なので、恋愛というのはそれこそ、人格がなせる業ではないでしょうか。性的魅力を感じる相手に依存しやすいヒトや、独占欲が強いヒトがマジョリティであるためにその存在を肯定していますが、そういった欲が少ない自分のような人格もある。恋愛がわからないなんて、まるで中二病ですが、本気で悩み、理解しようと努めているのも事実です。

本題とさらに少し外れますが、よく性的マイノリティーとして言われるようになったポリアモリーという単語があります。複数の相手と恋愛(或いはセックス)をする性的指向ですが、自分はこれについて反対しませんし、個人としてはポリアモリー的な人生を送りたいし、全ての相手がポリアモリーでも構いません。また、結婚という制度があまりにも窮屈だと考えています。断っておくと、結婚制度自体には反対していません。ただ、モノアモリーのヒトがマジョリティであるために作られた厚かましい制度のように感じています。

閑話休題

 自分は性的指向パンセクシャルということにしていますが、世の中にはたくさんの性的指向があります。それらは相手のセックスand/orジェンダーが関わるものです。

異性愛、同性愛、両性愛などの定義において、何を以って異性、同性、両性などと呼ぶのか、という基準は複数ある。例えば、性自認を基準とする場合、シスジェンダー男体持ちがトランスジェンダー男体持ちを性対象とするのはヘテロセクシュアルであるが、肉体的性を基準とする場合にはホモセクシュアルである。」(Wikipedia ”性的指向”)

判りやすかったのでWikipediaから引用しました

 

この引用部分からわかるように、ことが性的魅力を感じる相手についてになると、ジェンダーの問題は複雑になります。どんなに社会が広く人格を認めても、”女性として愛したい・愛されたい”と思う男性(セックス)や、その逆、またその他あらゆる場合において愛とジェンダーが関わってくると、それは人格とはまた別だという風に思えてしまいます。これも自分はまだちょっと恋愛がわかってないために悩ましいです。

 

以上、色々交えながら自分の性自認性的指向について書いてみました。 ジェンダーが理解できない、ということを伝えるのにこんなにもたくさんのことを書かないといけないのだな。

最後にまとめると、自分はXジェンダーパンセクシャルを消極的に選択しているに過ぎないのです。

 

なんか本当に長いなぁ。言いたいこと言えた感はまぁあるけど。今の自分についてこんなに書くことは今までなかったから我ながらこんな風にまとまるんだなって不思議な感じ。 

このブログについて

って何だろう。

これはここ最近の自分の思考の大部分を占めている疑問です。

改めて書くのは少し恥ずかしいですが、一人で夜中に考えたことをiPhoneのメモに書き溜めたりしているのです。でもいつまでたっても答えは出ないし、なんだったら、この疑問には答えなんてないのだ、ということを薄々理解しています。

でも考えてしまう、何故なら日常のあまりにも多くの場面でこの疑問に直面する機会が多いから。

先生が言う”女子の意見も聞いてみようか”

先輩が言う”女子がいる方が男子はやる気が出るからさ”

或いはごく自然に、男女に分かれて行動することが多いこと。

そして何より、私自身が日々感じる違和感。

 

そういったことについて、ブログという形で自分が考えたことを(そう多くの人の目にはつかないだろうとはいえ)世に公表する形をとろうと思ったのには理由があります。

一つには、前回の記事

things-i-think.hatenablog.com

でも書いたように、単純に誰かに構ってもらいたかったから。

より具体的に言うと、自分の考えを知った誰かが、それについて考え、できれば私のほうにコメントなりなんなりでその人自身の考えを書いてくれたとき、それが自分に及ぼす影響に興味があったのです。

自分の考えが大きく変わったり、或いは自分では想像もつかない他者の考えに触れたり…そういったことをしてみようかな、と思いました。これはこのブログ全体の揺るがない、大きなテーマなので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。

 

二つ目には、人に見せられる文章を書く、ということ自体に理由があります。人に見せる文章を書くとき、自分の考えはただのメモに書く程度のものであってはならないので、より分かりやすく美しく書こうとするでしょう。そういうプロセス自体が自分の考えを散文的なものから一連の流れある詩的なものに昇華せしめるのではないかと考えています。

といってもまだ初心者なので、どうすればより読みやすくなるかということについてはこれからもっと学んでいくつもりです。

 

と、尤もなこと書いたけど、ちゃんと書いていけるんかなぁあ…。

導入的自己紹介

何事も自己紹介が大切かと思い、とりあえずそれに近いものを。

名前は”やえ”にすることにしました。由来はなんかたくさん重なっている、というのがなりたい自分に近いかな、と思ったのと単純に音が奇麗だから。

年齢はまあ大学生、ということで。気持ちは全然だが一応成人。

性別は今はXジェンダーというのが一番自分を表していると思っています。でもそんなのただの言葉でしかないので、またより近い言い方が出てきたらそれにしたりするかもしれない。かつ何かに合点がいけばシスジェンダーと言うようになるやもしれない。

このブログの開設理由、或いは目的は、主にそれに関する内容になる予定。自らのあらゆる意味においての性的な違和感というものと一人で向き合ってきたが、孤独に黙って考えることの限界を感じてきた今日この頃。さらには、自分の考えが独りよがりになりすぎているのではないか、バイアスがかかりまくっているのではないか、等々悩みが増えてしまって人間一人で悩みだすと碌なことがないって気付いちゃったから。

要するに、誰かに構ってもらいたかった。現実では中々話せる相手がいないもの。自分のブログを読んで、何か思うところがあればコメント等大歓迎です、むしろお願いします。

あと、普通にはてなブログ初心者過ぎて色々至らないところがあると思いますが、どうか温かく見守るか、お時間あればアドバイス等もらえれば、よりたくさんの人と関わるチャンスが広がると思うのでよろしくお願いします。

 

とりあえずこんな感じでいいんかな…、不安やな…。