Xジェンダーとして考えるアレコレ

Xジェンダーの大学生が紡ぐブログ

性的マジョリティとマイノリティ

お久しぶりです。連休明けは何やかやと忙しかったですが、やっと落ち着いてきたかな、という感じです。

 

今回は性的マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)について論じます。

 

定義については必要ないと思いますが、その対象について思うことがあります。

性的マジョリティって、中身が結構統一されていますよね。マジョリティなので当たり前ですが、所謂セックスとジェンダーが一致し、かつ異性愛者です。

対して性的マイノリティに含まれる人は多様性に富んでいます。セックスとジェンダーが不一致である人また明確なセックス・ジェンダーがない(両性もつ・どちらももたない)人、或いは恋愛・性愛・性的魅力を異性以外に感じる、また感じない人等々をまとめて性的マイノリティと呼んでいます。

このの部分は全く違うものであるにも関わらずひとまとめにされがちなのは、LGBTという言葉がもたらしたものでしょう。LGBTという単語の功罪は大きく、性的マイノリティの存在を世に広めたと同時に二つの違う性質をもつものを混同してしまいました。

LGBTとは、Lesbian、Gay、Bisexual、Transgenderの頭文字をとった単語です。

レズビアン(Lesbian)はジェンダーが女性で、性的指向が女性の方。

ゲイ(Gay)はジェンダーが男性で、性的指向が男性の方。

バイセクシャル(Bisexual)はジェンダーは不問で、性的指向が男女(無性や両性を含まない)両方にある方。

トランスジェンダー(Transgender)はセックスとジェンダーが一致しないが、手術は望まない方(コトバンク)。

前の三つは性的指向、最後のTはジェンダーの話となっているため、両者を同じくくりにすることで様々な間違った解釈を生んでしまうことになりました。

よくある間違いの例は、”オネェ言葉のゲイ”でしょうか。オネェ言葉、すなわち主に女性がするような言葉遣いをする、すなわち女性として振る舞うというのは個人のジェンダーの問題です。対してゲイというのは個人の性的指向です。よって、オネェ言葉のゲイは存在し得ますが、オネェ言葉を話す人がゲイとは限らないと同時に、ゲイの方が皆さんオネェ言葉を話されるわけではありません。

 

ここで、ジェンダー性的指向の込み入った話を話題がそれてはしまいますが、一応。ゲイという区分はその身体の性を問わないため、「身体もジェンダーも男性で性的指向も男性の方」と、「身体は女性or元女性でジェンダーは男性、かつ性的指向が男性」というタイプに分かれ、さらに言えば、前者または後者のどちらかしか性的対象ではないという性的指向や、そのどちらであっても性的対象になりうる、という性的指向もあります。そしてそういうことがレズビアンの方にはもちろん、その他にもあらゆる可能性があるため、性的指向というのはそのすそ野がとても広いです。

オジサンがタイプ、とか痩せている人が好みというような、性的マジョリティの方が言うところのタイプ(嗜好)とは、似て非なるものになります。

この話題はまた別の記事にして掘り下げたいと思います。

 

閑話休題

ジェンダー性的指向のどちらかはマジョリティ、他方がマイノリティである方、どちらもマイノリティという方、それぞれいらっしゃって当然です。

こうした間違いを生みやすいこと、またLGBTという言葉が4種類の性的マイノリティしか含まないことなどから現在ではあまり使われないようになっています。補足すると、こういった単語でくくられること自体を嫌ったり、その他理由によって当事者であってもLGBTという単語を嫌う場合もあります。

加えて、名を持たぬ性的マイノリティの方もいます。逆に名前がついているのは、ほんの一部なのかもしれません。

 

代わりに使われるようになったのがSOGI(ソジ)です。

SOGIはSexual Orientation and Gender Identityのからきた単語で、日本語では「性的指向と性同一性」と訳されます。この言葉により、性に関わる大きなトピックには二つ性質の違うものが含まれているということがより判りやすくなったと思います。この言葉はLGBTのように特定の人を指すものではなく、全てのヒトのもつ性的指向と性同一性という特徴の総称です。

この言葉には、性的マジョリティとか、マイノリティとかいった意味は含まれていないです。SOGIに関わらず、全ての人が平等に権利をもつ世の中になってほしいです。

なので、タイトルはマジョリティとマイノリティという風にしてありますが、自分はそんな人が多いとか少ないとかどうでもいいことだと思っています。誰だって、細かく分けていけば最終的にはたった一人の個人です。自分は自分以外の何物でもないのです。

それぞれが好きに生きさせてほしいだけなのに、マイノリティとか、権利が少ないとか、そういうことで生きづらさを感じたくないし、誰にも感じてほしくありません。まだマジョリティに都合のいい世界であることは明らかですが、今の状態が完成形であり得るはずがないです。セックスとかジェンダーとか性的指向とかで人をくくって偉そうに語るのではなく、ヒトとして人を見られる世界を、1億3000万人で、ひいては75憶人で作っていきたいですね。

 

ちょっと変な終わり方ですが、引っ込みがつかなくなてしまった感が否めません。

その内書き直すかも。

 

最後、細かく分けていけば個人にたどり着くみたいなこと書いてるとAkinatorを思い出しちゃって、調べたらネットで遊べた!

普通に当てられて悔しい。